高橋家

うちの両親家系は立派だと思わざるおえません。

 

地味で堅実律儀な両親、裸一貫から事業を起こし優れた業績で成功を収め孫に優しかった祖父、誰も他者を排除するために力を注いだり人の命の尊厳を傷つける事業はしてこなかった。

 

考えたこともなかった人たちです。

 

いじめと差別、人に故意に迷惑を与える生き方を教えなかったうちの両親や家系は、このような事象に出合って如何に偉かったか比較して初めて気が付きました。

 

これだけ多くの者が、集団で常識や秩序も倫理も人道も無視したいじめと差別に熱中する様態を見て、

珍しいくらいうちの家系や両親はまともで、人として立派だったと私は誇りたい。

 

最近やっとこのことに気がついた迂闊さ。

 

うちの親は何一つこうしろああしろということがない干渉のない、子供の選択を許す親でした。

 

比較して初めて気がつくというのがお恥ずかしいです。

 

地味で何より、派手でも構わないですが、人間の尊厳と命を大事にできない者は社会的動物だという人間の条件から外れています。

 

人類は成熟するにつれて世界各地で差別や戦争に反対する運動が高まっています。

 

差別など歴史上一つ一つ一未開の人間の粗暴さだったと認識されてきています。

 

ロシアはかつては大国だったけれど、今では力が弱く、弱っている過去の大国は戦争という暴力で力を示そうとしている人間のようです。

 

この件で男性は、嫌がらせや差別にしつこく、環境への悪影響も考えられず、嫌がらせに固執し暴力的行動をしたがる一部の男性がいます。

 

 

 

私を無視した自己満足で己が気持ち良いに終始した自慰行為をする男性も含めます。

 

 

一部です。

 

頭のいい切り替えの早い能力のある男性も知っています。

 

男尊女卑と言われた時代は終わり、男性は己の存在を人間性で表して存在できる時代です